2016
02.21

力でも愛情でも倒せない敵。『マギー』感想。

maggie
Maggie / 2014年 アメリカ / 監督:ヘンリー・ホブソン

あらすじ
自分の子がゾンビになったら。



近未来のアメリカ、そこでは感染するとゾンビ化するウイルスが蔓延していた。ウイルスに感染した娘のマギーを特別病棟から連れ戻した父のウェイドだったが、ウイルスは徐々にマギーへ変化をもたらす。苦しむマギーに対してウェイドはどう対処するのか。アーノルド・シュワルツェネッガーが製作・主演したゾンビ映画。

あのシュワが主演のゾンビ映画!とだけ聞くと誰もが「シュワがゾンビをガンガン倒していく痛快娯楽作」というのを連想すると思いますが、全く違います。娘がゾンビ化したらその時父はどうするか、という話なんですね。「腐歩病」と呼ばれるこの病は感染してからゾンビになるまでひと月ほどあり、かつ治療法はないので、緩やかに死を迎える疫病の話とも取れます(正確には違うんだけど)。ゾンビに遭遇した時の恐怖、というのは一応ありますが、既に腐歩病蔓延から何年も経っており感染者に対する対処は決まっている社会が舞台のため、ゾンビがわらわら襲って来て大パニックのサバイバル、という感じではありません。ハッキリ言えば、地味です。意外性も少ない。

しかし。かつてあらゆる相手を火力やパワーやタフネスでねじ伏せてきたシュワが、感染してしまった娘に対しては何も出来ないわけです。それだけに無力感と喪失感が増す。シュワが主演である理由はそこにあるのでしょう。娘のマギー役アビゲイル・ブレスリンは『ゾンビランド』ではゾンビを倒す方でしたが、今回は逆。感染しても意識はあるので、自分が人ならざるものに変異していくのが分かってしまう、というのがやるせないです。

ゾンビものにしては静かで叙情的、そして悲しい話。監督は『ウォーキング・デッド』も手掛けた人とのことでなるほどなと思います。『ラストスタンド』『サボタージュ』と、シュワは自らの老いを上手く活かした作品選びをしてきますね。今作はちょっと地味さが勝ちすぎてる気もしますが、ある意味でゾンビものに対して真摯に向き合った、とてもリアルな作品とも言えます。

↓以下、ネタバレ含む。








身内がゾンビに噛まれたら、という展開は正直ゾンビものの映画やドラマでもエピソードの一つとしてよくある話なので新鮮味は薄いですが、そこだけで丸々一本の作品にしようというのはなかなかの冒険。やりたいことは分かるけど、結末が見えているのでそれをどう見せるかというところですね。そのあたりは、例えば変転(ターン)と呼ばれるゾンビ化に至るまでに凶暴化、匂いに敏感になる、食欲が失せるという段階を設けたり、感染者がハッキリ意識を保つ期間が長いという点でドラマ性を持たせたりしており、上手く出来ていると思います。

ゾンビの群れに囲まれた危機を脱出、みたいな場面はないですが、突然現れたゾンビに襲われる恐怖はあります。そこはシュワが肉弾戦で凌ぐんだけど(さすがだ)、愛する娘にも同じことをするのか、というのが最大のポイントになります。ここで上手いのは後妻でありマギーには継母となるキャロラインの存在で、彼女はウェイドと同じようにマギーを愛していると言いますが、最初に連れ戻されたマギーと目を合わせることもできないし、実子であるマギーの弟妹を優先する。そして途中で逃げ出してしまい、最後までマギーの味方をしようとするウェイドと行動を別にしてしまう。でも彼女の行動の理由もよく分かるので責められないんですよ。「食べ物の匂いがする」「料理してるのかしら」で見に行くと誰もいない、というのは相手が自分を食料とみなした匂いということなので、愛情が恐怖に負けるには十分な理由になってしまう。納得感があるんですよ。

まだ正気を保っているマギーは、自身の変容が徐々に正気を奪っていくことを実感していくことになります。彼女のボーイフレンドが先に感染しており、感染者同士の会話があるというのはわりと珍しいですね。とは言えこれから恋人同士となりそうな関係も、彼が強制収容のため連れ去られて終わってしまう。「また来週」と言う友人も、もう二度と会えないことを分かっている。分かっているけど受け入れられない場面の連続であり、感染した側の心情としても納得感があります。ワケが分からなくなり狐を襲うときに周りの音がボンヤリして聞こえなくなるところは主観的なゾンビ化のイメージとして、ああきっとそうなんだろうなあという、これもまた納得。

妻が去った後も娘に手を下せず、遂には警官にも反抗するウェイド。ウェイド父娘と知り合いである警官の、ギリギリまで見逃してあげたい心情とそうもいかない責任。本当に何もできず、マギーに母親の好きだったヒナギクを見せて親としての思いを伝えるウェイド。どれもこれも心情的に納得はできちゃうんですよ。それは実際自分が同じ状況に陥ったらそうしてしまうだろうというリアルさでもあります。逆に言えば予想内の反応が続いていくとも言えるんですが、しかし最後に至って個人的には予想が覆されました。娘が噛みつくのが先かそれを撃つ父が先か、と思ったらどちらでもない選択。ウェイドの娘への愛情による結論の先伸ばしは結果的にはマギーを苦しめ、マギーは父への愛情故に自ら決断するのです。救いようのないやるせなさに満ちた選択――これは感染者が周囲を襲うというゾンビものならではの結末であるとも言えます。

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