2016
02.14

悲壮感より思考を、絶望より希望を。『オデッセイ』感想。

the_martian
The Martian / 2015年 アメリカ / 監督:リドリー・スコット

あらすじ
じゃがいもを育てよう。



火星での有人探査を行うNASAの探査チームは強力な嵐のためミッションを中断、緊急脱出しようとするが、メンバーの一人マーク・ワトニーはその際に吹き飛ばされてしまう。死亡したと見なされたワトニーを置いて火星を去る探査船。しかしワトニーは奇跡的に生きていた。絶望的な状況で生き延びるためワトニーのサバイバルが始まる。アンディ・ウィアーのベストセラー小説『火星の人』をリドリー・スコット監督、マット・デイモン主演で映画化。

これはすっごい面白いぞ!空気も水もない火星に一人取り残され、生き残りをかけたサバイバルを余儀なくされた宇宙飛行士マーク・ワトニー。広大な惑星にたった一人、母船とも地球とも連絡が取れない。次の宇宙船が来るのは4年先、しかし残る食料は31日分。そんな状況で絶望に負けないためにはどうするか。マークは決して諦めません。NASAで培った知識と科学の力を駆使して問題を解決していきます。そして特筆すべきはその前向きさ。悲しみに暮れるよりはどうすべきか考えよう、絶望を抱く前に希望を見出だそう。そのユーモア溢れる姿がおかしくも熱く、ずっと泣き笑いです。

主人公マーク・ワトニー役がマット・デイモンということで「某宇宙映画と役が被ってないか?」というのは誰しもが思うところでしょうが、わりと大丈夫。というかキャラが全然違うので、いつの間にか応援したくなってしまうのですよ。設定的にほぼ出ずっぱりながら飽きがこないのは、マット・デイモンの演技力によるところが大きいです。他の役者陣も最高。彼を助けようとするNASAの人々や宇宙船ヘルメスのメンバーたちも好きにならずにいられない。このヒゲメガネ見覚えあるけど誰だっけと一瞬思ってしまった『それでも夜は明ける』のキウェテル・イジョフォー、『クリムゾン・ピーク』とはまた違った魅力を見せるジェシカ・チャステイン、みんな大好きマイケル・ペーニャ、他にもこんな人まで出てるんか、という豪華キャスト。特に「あの会議にあの人が!」というところでは爆笑です。ミンディとアニーが可愛いなー。

ゴールデングローブ賞のコメディ部門を獲ったほどのユーモア満載のSF映画ですが(コメディ映画ではない気がするけど)、スリルも人間ドラマも豊富で、意外と『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』なんかは雰囲気近いかもしれないですね。原作に比べると結構デカいエピソードもはしょってたりするけど、イメージはむしろ原作に忠実。NASAの全面協力もあって宇宙的・科学的考証も違和感なし。とても気分良く観れて、「彼の還りを待つ70億人」の一人になれること請け合いです。生きる希望がわいてきますよ。

↓以下、ネタバレ含むよ。イエィ!








■火星の人

サバイバルのための解決方法が荒唐無稽ではなく、科学的根拠に基づいた手段であるところが抜群に良いですね。知識と経験を元に、前提条件と制限事項と今ある素材とをすり合わせ、考えに考えてアイデアを捻り出す。ワトニーが行動を始めたときの「何をする気だ?」というワクワク感が凄いです。細かい理論等はよく分からないかもしれませんが、大筋は追えるし、何か身の回りのもので対応してるのは分かるのでそんなに気になりません。

まずは火星の土に自分達のバクテリアを混ぜて種芋を育てることで食料問題を解決。芽が出たときの嬉しさに共感。鼻栓の間抜けさが光ります。次にMAVの資源から水素を抜き出し、酸素を混ぜて燃焼し水を作る。「フォー!」の途中で吹っ飛ばされる姿が光ります。さらに移動時に電力を食うヒーターの問題を、プルトニウムであるRTGの熱で解決。玉が凍らなくてよかった。そして通信手段を火星探査機パスファインダーで実現。通信にかかる時間を16進で短縮化で「イエス」!

かようにワトニーはとにかく前向き。生きるために山積みとなった問題を一つずつ解決していきます。しかし決して冷静沈着なわけではないし、不安や強がりがないわけでもないことは、ふとした表情や失敗直後の荒れ具合などからも伺い知れます。ログを取るのも自分に何かあったときのための記録とは言え、自分がそこにいた証を残そうとしているようにも感じます。本人がラストで述べる通り受け入れるか闘うかしかなく、受け入れた結果諦めない気持ちが明るさで表されているという感じですね。ワトニーに対して感じるユーモアは自分を奮い立たせるためであり、ストレスを軽減するため(元々の性格もあるでしょうが)。だから地球では食料不足での死を心配しているときに、ディスコ・ミュージックに殺されると嘆くし(ビートを刻むことを拒否する!はイイ)、それさえも受け入れてRTGで熱くなったローバー車内でドナ・サマーの「Hot Stuff」でノリノリにもなる。史上最速の男の呼び名を悪くないと言うし、「マーク・ワトニー、宇宙海賊!」の呼び名に酔ってメットを忘れそうになったりもします。

でもマルティネスとの会話で久しぶりに仲間の言葉を見て泣きそうになったりするわけです。ハブの入口が吹っ飛んだときの絶望感は凄まじいし、死滅した作物を外に出してるシーンはせつない。キャンパス地で覆った入口が夜の嵐で轟音を立て、芋を数えるワトニーの心を折ろうとしてくる。嵐はワトニーが置き去りにされた切っ掛けであり、生き残った直後にも不安をかき立てる要素として吹き荒れます(火星であんな嵐が発生するのかは疑問ですが……)。だから彼のユーモアに笑いながらも、その努力が実ったときや本心が垣間見えるときが泣けます。


■地球の人

リッチのアイデアを検討する場に命名された「エルロンド会議」。『ロード・オブ・ザ・リング』を観た人なら分かりますが、これはトールキンの『指輪物語』の中でエルフ、ドワーフ、人間、魔法使いたちが、邪悪なるひとつの指輪の扱いを決める会議。この会議の決定で、フロドたちは滅びの山に指輪を捨てるための長い旅に出ることになるわけですが、本作でもリッチの案を検討して太陽神をどう使うかを決めるという重要な会議となっています。とは言え、NASA長官を相手に「ブヒューー」とか言いながら実演するリッチの物怖じしない態度には笑うし、何より会議の場にいるミッチを演じるのが『ロード・オブ・ザ・リング 旅の仲間』でボロミアとして同名の会議に出ていたショーン・ビーンというのにはブフォ!と吹き出します。

ここで言及したいのは、会議の命名は恐らくカプーアであり、ブルースはアニーに対し会議名の由来をスラスラ説明し、テディに至っては「私はグロールフィンデルだ」と映画版にも出て来ないエルフの名を言うところ(原作では裂け谷の上エルフの一人)。『指輪物語』は言うまでもなくファンタジーであり、冒険、戦い、団結、そして困難への挑戦の物語です。テディが「事故が起これば世間は我々の目的を忘れる」と言いますが、このNASAの男たちがやっていることはまさにファンタジーの実現。宇宙への冒険であり、未知への戦いであり、前例のない挑戦であるということです。意見が割れても思いは同じだから最終的には団結して同じ目的に向かう。そんなバックボーンが見えてきます。

ワトニーを助けたいという思いは誰もが変わらないし、他のクルーも危険に晒したくない。だからとにかく皆が何とかしようとしてる、というのが良くてですね。普通なら6ヶ月の納期を3ヶ月にしろなんて言われたら発狂しますよ。さらにテスト工程を省くなんてエンジニアにとってはありえない。しかし時間がないなか仲間の命を救うために決定し行動しなければならない。そんなジレンマを抱えつつもワトニー生存に気付くところで観てる方は「気付いた!」とグッと来てしまうので、ワトニー救出最優先が感覚として共有されちゃうんですよ。だから納期短縮にそれでもやると答えるブルースに、辞職覚悟でヘルメスに情報を伝えるミッチに、航天局からの連絡に「よし!」と声を上げるテディに、通信に時間かかるとぼやく担当にキレかけるカプーアに共感してしまう(ついでにリッチ案に対するワトニーの反応に「怒ってるのか?ひょっとして喜んでるんじゃない?」って言いたくなるのもまあ分かる)。そして管制室の人々が大歓声で沸くたびに泣けてしまいます。


■宇宙の人

そんな地球の人々が送り出す補給品を積んだアイリスは、デヴィッド・ボウイの「Starman」が流れるなかヘルメスへと届けられます。アレス3のメンバーもまたいいですね。マルティネスを演じるマイケル・ペーニャのすっとぼけた雰囲気、リッチ・マヌーバに即座に賛成するくだりなどは絶品です。『アントマン』出演者のペーニャが「アイアンマン作戦」でニヤリとするのも面白い。そんな彼だけに、家族との通信で妻が画面に当てた手に自分の手を重ねる僅かなシーンで泣けます。ベック役のセバスチャン・スタンは『キャプテン・アメリカ ウィンター・ソルジャー』、ヨハンセン役のケイト・マーラは『ファンタスティック・フォー』と、こちらもさりげなくアメコミ映画勢。アクセル・ヘニーの演じるフォーゲルはちょっと出番少ない気もしますが、爆弾作りという大役と、やたら子沢山というのが目立ってます。そしてルイス船長役のジェシカ・チャステインが見せる判断力と決断力、大きすぎる責任感。ABBAの希少なアルバムに歓喜するというのが可愛らしい。

こうした各人の印象的なシーンをしっかり入れてあるのが素晴らしいです。ヨハンセンがランニング中にEVA中のベックに手を振ることで二人がイイ仲なのも示してるし、最後に脱出したワトニーがケーブルをぐるぐる巻きながらルイスに近付くシーンには、お互いにもう離さないという二人の意志が宿ったかのよう。リドリー・スコットの演出はなかなか細かいところまで行き届いていて、さすがの円熟味という感じですよ。ワトニーの探索の意味に気付き、食道の火星地図に書き込み始めるカプーアとワトニーが同時に口にする「パスファインダー」とか、ローバーの天井に穴を開けるのを地球での試験と交互に見せるとか。世界中の人々が見守っていると言っても実際にあらゆる国が映るわけではないんだけど、ニューヨークと北京の他に、このミッションには関係のないロンドンでも物凄い人が集まってるのを映すことで世界規模を表したり、中国政府がなぜ太陽神を差し出したかもラストのアレス5に中国人クルーの姿を出すことで説明してるし。「さよなら火星」と書いた糧食を、ちゃんと火星脱出の日に食べさせたりもしていますね。原作を省略しながらもポイントは損ねることなく作り上げていて、かつ最後のワトニーをキャッチするシーンでは画的に映えるアレンジも入れている。この辺りドリュー・ゴダードの脚本も上手いところです。


■そして火星の人

原作『火星の人』と比べるとワトニーのユーモアはちょい抑えめです。また発生したトラブルやその対処も色々と省いており、大きいところではパスファインダーの故障やローバーの転倒、他にはハブ吹っ飛び後の切り貼りや、ローバーにテントを付けるなどもなくなってます。尺的に致し方ないところですが、原作エピソード全部乗せだったとしても多分飽きずに観れたんじゃないかという気がしますね。パイレーツ・ニンジャが出なかったのは残念ですが宇宙海賊は出てくるし、ローバーに命の恩人だとメッセージを残すシーンを入れたりしてて、改悪はないので問題なし。原作は原因や理論や技術などがより詳しく分かりやすく書かれているので、本作を観た後で原作を読んでも楽しめると思います。

それにしても最初はシリアスなシーンから始まり、実はそのシリアスさは崩れてはいない状況なのに、ここまで「陽」の作品になるのは珍しいですね。リドリー・スコット作品は一人の人物が運命に立ち向かっていくという話が多い気がしますが、一人の運命を変えるために当人はもちろん周囲みんなが一丸となって立ち向かうという、これまでの作風とはちょっと違った印象。考えること、諦めないこと、前向きであること、それらは生きていくうえで大事だと分かってはいてもなかなか実現が難しいときもあるもの。だからこそそれらを体現する本作には、生きる勇気が備わっているなあ、とエンドロールの「I Will Survive」を聴きながら思ったりします。

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