2016
01.24

愚かさを嘲笑う巨躯の群れ。『モンスターズ 新種襲来』感想。

Monsters_Dark_Continent
Monsters: Dark Continent / 2014年 イギリス / 監督:トム・グリーン

あらすじ
新種増し増し。



あれから16年、地球外生命体である巨大モンスターが蠢く危険地帯はいまや地球全土に拡がっていた。そんななか米軍のモンスターへの空爆で被害を受けた中東では、武装勢力と米軍との間で争いが激化。新たに派兵されたパークスら若き米兵たちは、連絡の途絶えた部隊の救出に向かうことになるが……。『GODZILLA』の監督ギャレス・エドワーズが注目を集める切っ掛けとなった怪物映画『モンスターズ 地球外生命体』の続編。

ギャレス・エドワーズは製作総指揮に回っての続編になります。前作は巨大生物騒ぎの裏で社会の身勝手さと脆さを描いたロードムービーとなっていましたが、同様に今作もモンスター自体がメインとはなっていません。前作観た人なら何となく予測はつくと思いますが、人類と巨大怪獣との激熱バトル、みたいなものを期待すると壮絶な肩透かしをくらいます。モンスター自体の出番はむしろ前作より増えてるんですが、モンスターパニック映画とも違いますね。これは完全に戦争映画です。

若き米軍兵士が仲間たちと共に配属されたのはモンスターが大量発生している中東の戦場。ヘリで配属先に向かう途中でさっそく遭遇した巨大モンスターの群れを見ても、彼らは威勢がいい。部隊には何度も出征しているベテラン軍曹の隊長と、厳しいながらも部下を叱咤激励するサブの軍曹もいる。士気は悪くない。しかし戦場である街に漂うのはモンスターへの恐怖などではなく、人間同士の不穏さなのです。やがて下される消息不明兵たちの捜索ミッションから始まるのは、仲間の死、襲い来る狂気、絶望に次ぐ絶望。

パークス二等兵を演じるサム・キーリーの青さの残る感じに対し、フレイター二等軍曹を演じるジョニー・ハリスの死んだような目が強烈。『キングスマン』のガゼルことソフィア・ブテラが印象的なシーンで魅せてます。『ゼロ・ダーク・サーティー』のような舞台で『ハートロッカー』のように戦場に飲み込まれた人と『プライベート・ライアン』のような不可能ミッションに挑み『アメリカン・スナイパー』なみのやるせなさを与える。戦場にいすぎて無償の好意さえ信用できなくなった軍曹と、世界の終わりを目の当たりにする若い兵士との、これは地獄巡りという名のロードムービーです。

↓以下、ネタバレ含む。








モンスターの造形が前作とちょっと違う気がするんですが……あんなんだったっけ?「新種襲来」と謳ってるから新種なんでしょうね。走るタイプのモンスターが現れたり、あのデカさなのに手のひらサイズの幼生が出て来たり、バラエティはありますが。ただ前作は争いよりむしろ人同士の愛情みたいなテーマもあったと思うので、あの造形、あのラストだったのかも。今作ではより攻撃的かつ威圧感あるシェイプになってるように思います。

本来こうした地球外生命体との戦いでは、たとえ敵対関係にあっても人類の共通の敵に対し共闘するのがパターンですが、それが徹底して崩れてるんですね。怪物退治に来たはずの米軍に襲いかかる武装勢力。現地の人々を意に介さず激しい空爆をしかける米軍。守ってるはずの街を見回るとき、子供たちにチョコレートを配りながらも感じる身の危険。中東というあからさまな舞台からも容易にイラク戦争を連想させます。地雷に両足を吹っ飛ばされ死んでいく仲間、目の前で徐々に死に向かっていく兄貴分、そして娘に会えないまま溜め込んだ狂気に遂に飲み込まれる軍曹と、戦争映画要素のオンパレード。

救出作戦以降は生と死の境界線をまたぎながらの進行であり、それを強調するシーンも多いです。捕えられた後の敵拠点で、向かい合って椅子に座った幼なじみ二人の一人は死に一人は生き残る。死にかけた少年を楽に死なせてやろうとする軍曹とそれを止めるパークスという葛藤。既に死んでいた救出対象とそれにキレて罪なき者に死をもたらす軍曹。ちょっとした切っ掛けで境界線の向こう側に行ってしまう危うさがエグいほどに描かれています。人類の脅威以前に、人同士が争い合う不毛さを前面に出してるんですね。

そしてモンスターたちはそんな人類の愚かな綱渡りなど気にもかけずに現れます。小型モンスターの群れは銃撃戦の真ん中を横切るように走っていき、敵拠点に不意に現れるモンスターは非常に無造作です。モンスターが撒き散らす胞子の青く輝く姿は幻想的で美しく、それだけに絶望的。そして最後に全てのドラマを嘲笑うかのように出現する、あまりに巨大なモンスター。その存在にはもう人類の無力さしか感じません。何者でもない自分から脱却するため兵士になったパークスでしたが、生死の境界線に必死で踏みとどまりながら結局何も出来ずに終わってしまう。もはや叫ぶことしか出来ない。この諦念とさえ言える絶望感を突き付けることも、一つの厭戦映画の形であるのかもしれません。

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