2016
01.18

白に浮かぶ深紅の惨劇。『クリムゾン・ピーク』感想。

crimson_peak
Crimson Peak / 2015年 アメリカ / 監督:ギレルモ・デル・トロ

あらすじ
雪はともかく雨はキツそう(穴が)。



20世紀初頭のニューヨーク、小説家を目指す女性イーディスは、幼い頃の母の死以来幽霊を見るようになった。父親の仕事絡みで知り合ったトーマスと結婚することになった彼女は、トーマスと彼の姉ルシールと共にトーマスの屋敷で暮らし始める。それは土地の赤粘土が積もる雪を赤く染めることから「クリムゾン・ピーク」と呼ばれる山頂にある屋敷。しかしそこには恐ろしい秘密が……。『パンズ・ラビリンス』『パシフィック・リム』のギレルモ・デル・トロ監督のゴシック・ホラー。

なんかもうね、色んな意味で面白いです。まずは何と言ってもデル・トロ作品随一と言っていい映像美。特にクリムゾン・ピークの屋敷の美術、それを美しく映し出したショットの数々はため息もの。作り込んだ細部やゴージャスな衣装と相まって一幅の絵画のようです。それでいて不気味さも損なわない。色彩はユニバーサルロゴまで染め抜くクリムゾンが要所で使われ、白と赤の組合せが印象的。青とオレンジも美しいですね。そんな舞台で繰り広げられるのは幽霊物語であり、同時に愛の物語。この「愛の物語」観点は完全にメロドラマで、イーディスとトーマスのカップルに、イーディスに思いを寄せる医師のアラン、小姑的なトーマスの姉ルーシルが絡み、若干昼ドラのようなドロドロした雰囲気。そこにオカルトな霊現象が混在し、屋敷に隠された秘密とイーディスのピンチに結び付いていきます。

ホラーてして見るとそこまで怖くはないです。 ゴースト表現はデル・トロ製作の『MAMA』に近く怖さもそちらの方が高いですが、その代わり痛さ表現がちょっと多いですかね。意外にも笑いのツボを押されるところが色々あって、なんか踊ってる!とか、あんたがその髪型!とかRPGのような武器レベルアップ!など、決してコメディでもボンクラ映画でもないんだけど、なぜか「愛すべきバカ映画」のカテゴリーに入れたくなります。あとゴシックな世界観にハマってる以上に意外な魅力を見せる役者陣が最高すぎます。ミア・ワシコウスカが見せる様々な成長、ジェシカ・チャステインの闇の迫力、トム・ヒドルストンの弱ロキな感じ、チャーリー・ハナムの醸し出すおかしみ。『パシフィック・リム』のあの人登場には笑います。口許のせわしなさが怪しくていい。

話の流れとあまり関係ないところで「そうくるか!」「それ見せるか!」ってのがあって、なんだかニヤニヤしちゃいます。音楽も豪奢でドラマチック。ゴージャスでダークで悲しい話なんだけどそれだけじゃない、デル・トロさんのこだわりと好きなものをガンガンぶち込んだ感じがゴシック・ホラーとして結実してるようで、とても面白かったです。

↓以下、ネタバレ含む。








カメラワークはゆったりで、近づいたり回ったりとゆったりした感じが多くて優雅。最初にトーマスの屋敷に入ったときの入口からホールを仰ぎ見る空間の心地よさなど良いですねえ。ホールに雪が降り積もってるというのは冷静に見ればただのボロ屋敷なんだけど、そうは思わせない美しさに溢れてるんですね。それでいて蝶が蟻に食われるところや蛾がたむろってる廊下などの不気味さもあります。蝶はイーディス、蛾はルーシルを象徴してるのでしょう。エンドロールも虫で、結構『ミミック』のような虫映画でもありますね。要所で現れるからくり人形やら蓄音機のロールやらの小道具もいちいち世界観を補強していて、作り込みが凄い。屋敷自体6か月かけて実際にセットを作ったそうなので入れ込み度合いが違いますが、それだけの手間をかけたからこその重厚な実在感が画面に現れています。そして美しさと不気味さの極致とも言えるのが、白い雪面に滲む赤粘土の紅。ここはもうケレン味と言ってもいいでしょう。

イーディス父の頭に穴が開くとかトーマス顔面にサックリとかスコップで脳天陥没などの痛そうなシーン、機械に手を突っ込んで巻き込まれる!という恐さやエレベータードアに片手挟まれたまま動いてあぶなーい!というような痛さを予感させるスリルなど、変な方向で怖かったです。逆にゴーストは怖いというよりは不気味なクリーチャーという感じで、赤剥けのゴーストなんて『バタリアン』のゾンビみたいでちょっと面白かったくらいですが。ゴーストは過去の暗い感情のメタファーであり、デル・トロ監督作『デビルズ・バックボーン』のような「何かを告げようとする」という役割でもあって、悪い存在というわけではないんですね。

怖いという点では人間の方がよほど上で、ルーシルを演じるジェシカ・チャステインが貫く無表情とそこから感情を露にしての終盤は最高です。「ああ!」とか「うぇ」とか言いながら追いかけてくるのはゴーストより怖い。本作は屋敷に行くまでの展開がちょっと長いですが、そこで人物関係と背景の不気味さをじっくり描いているから余計ルーシルの狂気が爆発したときの勢いが凄いです。イーディスの万年筆に対して、ルシールのナイフ、対してナタ、対して手斧、対してシャベルと、どんどん大きい獲物に変わっていくのも面白すぎます。それでいて抱き合うルシールとトーマスのショットは完璧な美しさ。

対してイーディスは気は強いけど恋に浮かれてまんまと結婚にまで持ち込まれ、トムヒの発明家ぶり、優雅なワルツ、お姫様抱っこというつるべ打ちにメロメロに。しかしトーマスがイーディスに本気になってしまうことで、繰り返される遺産目当ての犯行は終わりを告げます。序盤のメロドラマはトーマスの心変わりの元となる変遷でもあり、加えて今までは手を出さなかった花嫁と一晩を過ごすことでさらに本気度を増してしまいます。トムヒの尻グラインドは本気尻だったのです!(何だそれ)恋敵のアランを急所を避けて刺しイーディスのことを託し、死んだ後もイーディスを守ろうとするトーマスはまるきり悲劇のナイト。このイーディスとトーマスの関係こそがキモであり、だから「ゴシック・ホラー」と言うよりは作品で銘打っている「ゴシック・ロマンス」というのがやはり正しいのでしょう。

さてここからは深読みですが、イーディスは序盤で小説を持ち込んだときに「恋愛小説を書け」みたいなことを言われます。そしてラスト、この物語は『クリムゾン・ピーク』というイーディスが書いた小説であるかのように本が閉じられて終わります。イーディスの創作なのか実体験を元にした私小説なのかはハッキリしませんが、これがイーディスが書いた自分なりの恋愛小説であり、そこに彼女の主観が入り込んでいる可能性はありますね。トーマスがあそこまで献身的だったのも、イーディスに霊が見えるのも、ベッドシーンでイーディスが脱がないのも、チャーリー・ハナムに『パシフィック・リム』とはうって変わった残念さが漂うのも、全てそのせいなのかもしれません……イヤどうかな……。どちらにしろ、一冊の本として閉じることで物語としてもパッケージングされ、一篇のダークファンタジーとして語り継がれる体になって終わる、というのがこれまた美しいなあと思うのです。

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