2014
10.04

止められない歴史のうねり。『猿の惑星:新世紀(ライジング)』感想。

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Dawn of the Planet of the Apes / 2014年 アメリカ / 監督:マット・リーヴス

あらすじ
猿 on 馬。



前作『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』で劇的な進化を遂げた猿たちと、ウィルスにより滅亡に瀕した人類を描くシリーズ第2弾。森の中で社会を築き平和に暮らすシーザーたちの元に生き残った人間たちが現れ、これが大きな火種となっていきます。

前作ではそもそもの始まりが描かれ、元祖『猿の惑星』へ繋げるプリクエルとしてはこれ以上ない出来でしたが、今作は前作ラストでサラッと流した状況からさらに歴史の行間を埋めるものになっています。あれはあれで勢いと冷徹さが混在してて良い終わり方だったので、正直続編いる?とは思ったんですが、これが蛇足になるどころか、種を越えた信頼と争いが拮抗する素晴らしい出来。

人類滅亡というテーマは過去に様々な形で描かれてきましたが、ここまで「"種"の衰退」を感じさせるものもなかなかないのでは。結末は分かっているし驚くような展開はないんだけど、丁寧かつ滑らかに、逃れようのないうねりに巻き込まれていく展開に釘付け。しかも戦争映画としても観れるようになっており、戦車上で360度回るカメラがスゴいし、猿同士の戦いにここまで熱くなるとは思わなかったです。

いやもうアンディ・サーキスにはアカデミー賞あげてくれ!って思いますよ。馬にまたがって悠々と進むシーザーのカリスマな存在感はスゴいし、引き結んだ口元、威圧と慈悲が混在する瞳がたまりません。そしてシーザーの側近であるコバも堂々たる存在感。シーザーのような良き思い出を持たない者として、猿を越えた行動を取るのがむしろ人間的でさえあるのが皮肉です。ちょっと人間側の描き込みが足りない気はするけど、ジェイソン・クラークはとても良いし、意外と出番少ないながらゲイリー・オールドマンも印象深いです。

↓以下、ネタバレ含む。








人類にとっては前作で既に絶望的だったのに続編は何を描くのかということですね。描かれるのは「核で全滅」とか「子供が生まれない」などではなく「新たな支配者としての種の誕生」です。猿たちは戦車まで奪って怖いものなしだし、銃を撃つと人がビビることを知って優越感も生まれたでしょう。後半に猿らしい体技が減るのもそういった銃のせいだと思われますが、これは猿がどんどん人間化していくことでもあります。アジテーターとしてのコバが恐怖政治を敷く手腕がかなりのものだし、しかもアホのふりしてピンチを切り抜けアホのふりしてチャンスを得る演技派でもあり、野生に知性を併せ持つ人間化した猿として存分に描かれます。

シーザーの人間への態度は、愛情というよりは人間との良き思い出を信じたいという思いであり、そこがコバとの違いとして表れます。だからこそ家族を守りたいだけだったシーザーとマルコムは手探りながら共存の可能性もも見出だせていました。しかし分岐点はいくつもあったのに、それが悉く悪い方へ進む究極のすれ違いとなります。「ホーム」「ファミリー」を掲げていたシーザーの理想はコバを葬った時点で終わりを告げ、もはやあるがままでいることは出来ず、統制を取るためには同族を裁くことも厭わないと自ら示してしまいます。ある意味最も人間的な行いをしたのは、皮肉にもシーザーだったことになるんですね。そして回り始めた歯車はもう止められない、というのをいち早く理解し、冷静に分析するシーザーのリーダー力。 シーザーはもうちょっと説明なりなんなりしておけば良かったのに、とも思いますが、言うべきこととそうでないことを使い分けるところもリーダースキルですからね。その点ではコバを止められなかったシーザーは失敗をしたわけだし、だからこそ自ら手を汚したのです。これだけの経緯があるからこそ、最初と最後のシーザーのアップでは意味合いが異なってくるわけで、冒頭のアップは現在を見つめる目であり現状を守るための顔ですが、ラストのアップは未来を見据える目であり行く先を決意した顔となるわけですね。

しかしCG猿の顔がこれだけのアップにも耐えられるとは技術の進化はスゴいなーと改めて思ったり。あと撃たれた後で息子が会いに来たときに微笑むシーザーには泣きました。ただ、人類が一部の人以外は好き勝手なことしか言わない烏合の衆にしか見えず「これは滅んだ方がいいんじゃね?」って思っちゃうこと、シーザーに心酔してその身を案じていたはずのコバが急に狂気に駆られたことはちょっと引っかかりましたけどね。あと爆弾を爆発させたあとゲイリー演じるドレイファスはそれに巻き込まれたんでしょうけど、そこがちょっと分かりにくかった。

でも最後がとても良いです。シーザーに逃げろと言われ、闇に溶けて消えるマルコム。振り返ったシーザーが見た闇は人間という種の消失そのものです。そしてシーザーが王として起つことで猿が地球を支配する時代が始まる。まさに原題の通り「猿の惑星の夜明け」です。

これだけキレイに終わったのでもう続編はなくていいんですけど、やったりするのかなあ?あるとしたら猿王国が国家として成り立つ経緯とか、猿国家間での確執や戦争とか、人類の家畜化のことなんかも描くんですかね。それこそ人間のドラマと変わらなくなってしまう、これをどうするのかは気になるところです。

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