2015
12.14

食い尽くされる小賢しさ。『グリーン・インフェルノ』感想。

Green_Inferno
The Green Inferno / 2013年 アメリカ、チリ / 監督:イーライ・ロス

あらすじ
バイヤー!



森林伐採で追われる原住民たちを救おうとアマゾンを訪れた環境活動家の学生たちだが、強制送還の途中で飛行機がジャングルに墜落。そこに待ち受けていたのは、人間を食べる習慣を持つ食人族だった!イーライ・ロス監督による、食人族サバイバル・ホラー。

お、おぉ……面白い!人が人に食われるという食人族映画を観た感想が「面白い」だったのは意外。もちろん観る人を選ぶ映画なのは間違いないですが、ある程度のグロ耐性があれば意外と大丈夫、というか人によってはグロ描写には物足りなささえ感じるかも。僕も『食人族』などは観てないので多少構えて観てましたが、怖さやキモさといった感情よりはスリルでハラハラするという方が大きいです。「緑の地獄」ならではのユーモアも結構ありますね。もっと言えばユーモアと受け止められない人にはちょっとキツいかもしれません。和気あいあいと描かれる家庭的で手の込んだクッキングショーには食欲さえ覚えますよ(ちょっとだけ)。

単に食われるだけでなく、時には「見せない」という演出を使ったり、伏線の回収のしかたも上手いです。かと思えば幽閉時のトイレ問題を真っ向から描いたりします(爆笑)。残酷な習慣を取り上げる社会的視点と、「意識高いことも言うだけなら簡単だよな?」というシニカルな視点とが混在しながら、残虐シーンにはどこかコミカルと言うかふざけてるような味もあったりします。一番ふざけてるなーと思ったのが、一人食いまくる族長ババアの格好が意外とセクシーなことです。そんなところでドキドキさせんなよ……(赤面)。ちなみに主人公のジャスティン役のロレンツァ・イッツォ(美女)は監督イーライ・ロス(今回出演はなし)の奥さんだそうです。夫婦そろってやってくれるなあ。

不謹慎と言われればまあそうなんでしょうが、単純にそう言っちゃっていいの?という、それを不謹慎と切り捨てる傲慢さは不謹慎じゃないの?という深みがある、と言えなくもないですね。『アフター・ショック』よりは後味悪くないし、モンスターパニックのようなスリルの見せ方が上手いし、一体どうなるの?というサスペンスも素晴らしく、見事に娯楽作になってます。

↓以下、ネタバレ含む。








最初に見せられる、族長ババアが目玉にタンに血液ドリンクと食いまくる「生きたまま解体」というのがやはり一番インパクトが強く、そこで否が応でも恐怖心を植え付けられるので、以降はそこまで見せなくても無意識に想像できてしまうために様々な手法を出していけるのでしょう。そこにはちょっと笑ってしまう要素が含まれていて、最初の生贄も残虐性は凄まじいのに、その後に調味料振って味を整えたり、歌なんか歌いながら調理をしたりする様子が楽しそうでさえあります。あらゆる部位を無駄なく利用!という合理性を見せられると、人を完全に食材としてしか見ていない潔さまで感じます。また、これもかなりキツい「生で食われる」というシーンでは、その契機がマリファナを仕込んだせいでラリってたから、というのも笑ってしまいます。「全身の骨をバキ折ってアリを仕込む」に関してはなんかもうよく分かりませんが、序盤に大学の講義でアリを使った拷問についての説明が途中でスパッと切られて「何それ気になる」と思ってたものをちゃんとやってくれてるわけですよ。まさか女陰割礼まで伏線にするとは思いませんでしたが、そういった伏線が結構ある上にしっかり回収しているのがちゃんと作ってるなあと思わせてくれます。ちなみに最初の族長の言葉「天からの授かり物だ、連れていけ」だけなぜか字幕が付くのも、そのセリフだけ分かれば後は十分伝わるからでしょうね。

ゴア描写だけを見ればわりとソフトな方で、アリ攻撃はぶっちゃけ『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』の方がえげつないくらいだし、生食もそれほどガッツリとは見せず、むしろ見せすぎないことでリズムを作り出してる感じがします。川で舟に辿り着いた女性の「着いた!」からのスパッと暗転とか、その彼女の刺青付きの皮を見た瞬間、食器カシャーンからの喉サックリとか、麻痺矢がトスッと刺さって即昏倒とか、これらのリズム感が非常に小気味いいです。また、どこか悪ふざけと言うか、いたずらっぽさも随所にあって、凄まじい爆音でのトイレシーンで子供たち爆笑とか、チ○コにタランチュラが!とか、文明の利器であるスマホがもはや音を出して注意をそらすだけの単純な道具に成り下がる、なんてのもシニカルで面白い。そもそもいくら人を食うからってヤハ族の肌が赤い、というのが既にふざけてる気もします(黒い人もいるが)。

被害にあうのは「考えるな、行動しろ」と書いたTシャツを着て、ネットとスマホ撮影で過激な妨害工作をする学生たち。いわゆる「意識高い系」なわけですが、なかには何となく参加した、みたいなのもいて、食われるほど悪いこともしてないのではという気もします。問題意識を持つこと自体は悪くないわけで、実際に自然破壊や悪しき習慣というものを取り上げた上で話も進んでいきます。が、そこには人の生活に踏み込むだけの覚悟があるのか?という問いと、「自分達が世界を変えられる」と思い込まされることの危うさというのがあるんですね。耳障りのよい言葉に踊らされた学生たちも、その実はリーダーのアレハンドロにいいように使われていただけ。このアレハンドロがどんどんゲスっぷりを露わにしていく姿には、純粋にお食事会をするヤハ族とは真逆の、人間の小賢しさみたいなものを感じずにはいられません。体がまだ純粋であったジャスティンが助かったのも、いきなりシゴきだすクソ野郎とは対極であるからなのかも。それでいて最後にジャスティンが、近代人に対しては壊れたスマホを武器として命の保証を得る、というのもどこか皮肉です。

さて、なぜジャスティンは最後にヤハ族をかばったのか?彼らはありのままでいるべきだと考えたのか、これ以上の被害を減らすため人を近づけまいと思ったのか、あるいは助けてくれたあの少年を救うためなのか。そこはハッキリしません。しかし分不相応に意識高いことを言って、アレハンドロのようにTシャツの柄になることだけは願い下げだ、と思ったことでしょうね。めでたしめでたし……と思いきや、エンドロールをぶった切って入るアレハンドロの妹からの電話。そして衛星写真に写るあの人影は……!ジャスティンがヤハ族のことを言わなかったのは、まさか続編のためなのか!?

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