2015
12.03

目には見えない忘れもの。『リトル・プリンス 星の王子さまと私』感想。

Little_Prince
The Little Prince / 2014年 フランス / 監督:マーク・オズボーン

あらすじ
羊の絵を描いて。



一流校に入学するため母親と共に新たな家に引っ越してきた9歳の少女は、隣に住んでいる元飛行機乗りの老人から砂漠で出会った星の王子さまの話を聞くうちに、その老人と徐々に仲良くなっていく。しかしやがて訪れる悲劇。少女は星の王子さまを探す旅へと出る……。アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリによる名作小説『星の王子さま』を元にしたアニメ映画。監督は『カンフー・パンダ』のマーク・オズボーン。

タイトルくらいは誰もが知ってるであろう有名な小説『星の王子さま』。小さな星に立つ王子さまの絵も一度は見たことがあるんじゃないでしょうか。昔CMでも使われてたし。僕も未読だったのでこれを機に読んでみましたよ。で、本作はその映画化……かと思いきや、「と私」?誰?となります。この「と私」がキモ。原作をそのまま映像化するのではなく、原作シーンをとある少女と老人の交流で繋げながら語るんですね。原作部分はストップモーションアニメを使ったファンシー感が色濃く、あの絵がイメージそのままに動き出すのにワクワク。柔らかそうな和紙のような質感が凄くいい(実際に和紙も使ってるようです)。対して少女パートはピクサーやドリームワークスアニメなどでもお馴染みの3DCG。しかしこの2種類の表現方法がぶつかり合うこともなく、実に上手く共存していて違和感もありません。

キャストが豪華。飛行士にジェフ・ブリッジス、母親にレイチェル・マクアダムス、キツネにジェームズ・フランコ、ヘビにベニチオ・デル・トロ、バラにマリオン・コティヤール、先生にポール・ジアマッティ。女の子は『インターステラー』の娘さんらしいし、さらに『アントマン』も記憶に新しいポール・ラッドが重要なキャラを演じていたりします。観てはいませんが吹替も評判が良いようですね。王さまやうぬぼれ男といったキャラの面白さでも魅せてくれます。

『星の王子さま』は哲学と言うよりは概念的な物語だと思います。不思議な星々を渡り歩いた不思議な存在の王子さまと、彼と出会う飛行士の禅問答のようなやり取りは、読む人に取って様々な解釈が生まれるでしょう。ただ、確かにそこには人生において覚えておくべきことが書かれており、だからこそ読み継がれてきたと言えます。本作はその物語がいかにして書かれ、受け継がれるかということを、語る者と読む者を具現化することで一層強く印象付けることに成功しています。原作の味を損ねることなく、現代社会への皮肉と心の在り方を問う形をより強調しているんですね。とても良いです。

↓以下、ネタバレ含む。








人形たちのデザインが良いんですよ。王子の髪の生え方とかマフラーの柔らかそうな感じとか癒されるし、原作からさらにメリハリを利かせた他の登場人物たちも面白いです。特にMr.フォックスはシッポがペラいところなんかも可愛い。彼は現実世界のぬいぐるみバージョンもキュートです。キャラクターだけではなく、飛行士の家に散らばるガラクタから働き星(勝手に命名)に至るまで、空想世界も現実世界も総合的にデザインが良くて、丁寧に作られてるなあという印象。母親作の人生設計ボードなどは少女を縛る管理社会の象徴ではあるものの、あのシステマチックな機能美、あれはあれでちょっとカッコいい、などと思いました。飛行機が発進するときのピタゴラ的なギミックも愉快だし、星の形が星型なのも可愛いらしいです。

少女が越して来たのは灰色の家々が立ち並ぶ画一化された街。大人たちは数を数えながら管理された世界で働き、グレーのスーツを着た母親は少女を進学校に入れるために勉強・運動とがんじ絡めの生活を強いてきます。別れた(と思われる)父親からの誕生日プレゼントでさえ、何年も同じような灰色のスノードーム。そんな徹底された灰色の世界の中で、飛行士の家や庭だけが華やかに色付いている。分かりやすい対比ですが、徹底されてるが故に飛行士とその周囲にあるワクワクするような、心が跳ねるような感覚が強調されます。

それは縛られた生活に健気にも従っていた少女に「もっと自由な世界」を見せてくれます。管理された安全な世界で、突如ブッ飛んできて壁をぶち抜くプロペラ(超危ない)の意外性。飛行士の家の庭へ抜けるときに通る『となりのトトロ』を彷彿とさせる草木に覆われた小道の期待感。出会いと別れという新たな世界を見せてくれる王子の物語。そして飛行士との交流で得る人とのふれあいの嬉しさ。新鮮で楽しい時間が少女の心を鮮やかに色付かせていきます。

出会いと別れを描いた王子の物語はそのまま現実の出会いと別れに重なり、いつの間にか育んでいた大事なものに気付いたとき、少女は王子を探す旅に出ます。ここから先は現実と空想の境界を飛び越えた世界が広がっていきますが、これが空想や夢であるかどうかは問題ではないんですね。そもそも飛行士が王子に会ったのも事実か創作かはハッキリしないし、あの飛行機が実際に飛んでいたのかも分からない。でもそれはどうでもいいのです。それはこれが「大切なことは目には見えない」ことを認識するための旅だから。王子の成長した姿がアレというのは「マジか!」とショッキングではありますが、「人はいつか忘れてしまう」のであり、少女がそれを思い出させてあげることも彼女の冒険なのです。

あくせく働くのがダメという話でもないんですね。働き詰めのあの母親も終盤はちゃんと娘と向き合うし、娘も母を否定しているわけではない。原作を読んだときも思いましたが、要は多様性の話だと思うのです。出会いと別れが真逆ながらどちらも人生において避けられないように、生きていくにはあらゆる面がある。飼い慣らされて仲良くなることもあるし、プライドにすがり付くこともあるし、仕事に追われることもある。でも「星がきれいなのは見えないところに花が咲いているからだ」ということを忘れなければ、人生も悪くないと思うことができるかもしれない。そんな原作のテーマを寓話的ながら現実を描いた物語で包み込むことで、より印象深く描いています。そして飛行士が「誰にも伝えられないかと思っていた」という物語を、最後に少女がクラスの皆に伝えることでさらに受け継がれていく、という構成も素晴らしいです。

少女と言い飛行士と言い、登場人物たちには固有の名前が付いていませんが、これにより彼らは相対化され、より観る者に近付いてきます。だからタイトルの「私」は少女であり、飛行士であり、そして本作を観た我々のことでもあるんですね。なかなかニクい邦題です。

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