2015
11.22

えげつない現実か、ならされた幸福か。『ハーモニー』感想。

harmony
2015年 日本 / 監督:なかむらたかし、マイケル・アリアス

あらすじ
これは敗残者の物語。



「大災禍(ザ・メイルストロム)」と呼ばれる大混乱から復興して以降、健康志向に片寄った世界で、ある日数千人が命を落とす事件が発生する。螺旋監察官の霧慧トァンは、事件の裏に13年前自殺したはずの友人、御冷ミァハの影を感じ、調査を進めていく。伊藤計劃の遺作をアニメ化した「Project Itoh」の第2弾。

社会と個の切り分けがより曖昧になった社会、メディケアと呼ばれる医療装置を体に埋め込んだ人々、そしてそこで起こそうとされる革命により問われる人間という存在の本質。そういった舞台やテーマを映像化するのは、内容盛り沢山だった「Project Itoh」の第1弾『屍者の帝国』よりむしろ大変だったのではないかと思います。なんとか映像で見せようとはしてますが、ユートピアと見せかけてディストピアでもある捻った世界観や、独自のSF的用語はどうしても言葉で説明しないと分かりにくいし、トァンのミァハに対する思いも複雑なものがあるので、結果としてモノローグ含む会話劇が中心になっています。アクションもあるけどちょい少なめ。

三人の女子を型どった名刺など、作品を彩るデザインの数々が良いです。赤いコートを羽織ったトァンの颯爽とした衣装は、螺旋監察官という格式張った立ち位置で何とかお色気を出そうとしてるかのようで、それは上手くいっていると思えます。ピンクで統一した色彩設計などは単調になりそうなので、なかなか難しかったことでしょう。会議シーンも面白い。抑揚の切り替えも見事な沢城みゆきのトァン、儚げな中に相容れなさが滲む上田麗奈のミァハなど、声の演技もとても良かったです。

原作との比較で言えばわりと忠実に映像化はしています。設定面も最低限の説明はあるから原作未読でもまあ大丈夫でしょう。ただ「そこを改変しちゃうのか……」というのが個人的には大きかったです。何となくビジュアル化しやすいように思ってたけど、少なくともこの作品に関しては、伊藤計劃の作品はあくまで文学であったなあと思ってしまいます。それは原作に忠実であればあるほど感じました。あとetml(Emotion-in-Text Markup Language)をちゃんと出したのはエライ。

↓以下、ネタバレ含む。








キアンとの会話、ガブリエルとの会話、父との会話、ミァハとの会話とそれぞれが長く、ちょっと眠気に襲われましたが、そこは許容範囲。トァンとミァハの出会いが公園からプールに変わっていたのも青春ものを思わせるのでまあいいです。不満点を言ってしまうと、まずなぜ「百合」にしたのかという点。『屍者の帝国』も同性愛的ニュアンスはありましたが、こちらはあからさま。そこはエッセンス程度でよかったと思うんですけどね。次に意識の変容に関する点。報酬系が調和し、全ての選択に葛藤がない、これが意識の消失に繋がる、というのは原作を読んでてショッキングなところだったので、もう少し劇的に見せても良かったのでは……。最も不満なのはトァンがミァハを撃つ理由です。「愛してるわミァハ、私の好きなあなたでいて」と、完全にトァンとミァハの二人だけの世界にしてしまい、死んだ父とキアンの復讐のためという理由をすっ飛ばしてしまう。直接的にしたことで愛憎表裏一体の話となり、トァンがミァハへ感じていたシンパシーについては逆に薄いものに感じられてしまうので、ちょっと勿体ない気も。でもこれらの不満点は分かりやすさ優先による改変なのかもしれません。

人類がリソースとして認識され、誰もが平穏で同じような世界。個人の情報は視覚的に表示され、メディケアによって生かされる社会。そこに閉塞感を感じ、自身の体は自分のものであることの宣言として命を絶とうとした三人の少女には、決してユートピアではなかった社会です。しかしトァンは迎合して隙間で息を抜き、キアンはすっかり取り込まれてしまい、ミァハだけが革命家であり続けます。ミァハの見てきた闇はトァンの思うより深く、ミァハが今の社会に感じる絶望はトァンの想像を遥かに超える。その違いは、ミァハの壮絶な過去を淡々とした台詞と部屋の様子だけで語ることで、おぞましさをさらに感じさせる演出により強まります。その点では、開くばかりのミァハとの距離を縮めるためにもトァンは撃ったと言えるでしょう。

冒頭に登場する「etml」というマークアップ言語、そして謎の機器により感じる管理された平穏さ。それらはスクリプト化され平準化された人間の感情をビジュアル化したものであることが最後に分かります。人工的な温かさを持っていたピンク色の街が、ラストで空や海といった自然を感じる青に変わるというのも、人類が意識による悩みや苦しみから解き放たれたイメージを強調します。しかし幸福そうに思える世界は、それが幸福だとさえ認識できない世界。これこそが完全な調和。これがミァハの求めた世界。このハーモニーを否定してまで人は生きることの意味を主張できるのか?そんな恐ろしい問いを突き付けられているような気もしてくるのです。

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